前半

19世紀、プリンスエドワード島、一筋の風が少女のそばを吹き抜けていく。
「おはよう、風のおばさん」そよ風に挨拶したのは、11歳の少女、エミリー。
「丘は私に呼びかけ、私の中の何かがそれに答えた。一陣の風が木立を揺らし、高いこずえの、かなたで笑えば、空の向こうにあるものが姿を現す。それは風の世界？それとも、希望の国？」
柔らかな日差しが降り注ぐ海岸で、エミリーはノートに鉛筆を走らせ、猫のソーシーサールと戯れる。ふと気づくと、お父さんも海岸へ来ていた。
お父さんと散歩しながら、エミリーは膨らむ想像の世界を話す。
「ねえ、お父さん、私、あの木に名前をつけたのよ。」「『とぼけたおんどりさん』」
「それからそれから、楡の木は、『気取りやプリンセス』うふふふふ」
そのとき、一筋の風が吹き抜け、木立が揺れた。
「あっ、風のおばさん！」「風のおばさんが通り過ぎると、『気取りやプリンセス』はさわさわと微笑をかえした。」
「うん。」やさしくうなづくお父さん。
エミリーはお父さんに抱きついた。「お父さん、大好き・・・。」
「すばらしいノートだ。ずいぶん書き溜めたね。」
「毎日書いているのよ。そして、いつも突然ひらめきがやってくるの。「エミリー、それを書きなさい」って。」
「エミリー、お前には神様からの贈り物があるのかもしれないね。」「贈り物？」
「感動を書き残す才能だ。喜びや生きる輝きを。小さな詩人さん。」
「早く身体を直してね。良くなったら前みたいに遠出をするのよ。アイスクリームを食べたり、一緒に歌ったり・・・。」
お父さんは少し物悲しげな微笑を浮かべると、エミリーを抱きしめた。
―それは11歳の春、エミリーはまだ知りませんでした。お父さんとお別れする日が近づいていることを・・・。

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夕暮れに、お父さんはエミリーに、お母さんのことをすっかり話した。
お父さんとお母さんのジュリエットは、深い絆で結ばれていた。でもマレー家の人々は、結婚には反対だった。
「それ以来、二度とマレー家の人々には会うことができなかったんだ。」
「だが、もし私がいなくなったら・・・。」
「えっ・・・。」
「マレー家は、お前を引き取ってくれるはずだ。」
エミリーはぽろぽろと涙をこぼしながら叫んだ。
「どうして・・・。どうしてそんなこと言うの・・・。いや！いやよ！私はずっとお父さんと一緒よ・・・。二人で・・・。この家でっ・・・。」
泣くエミリーに、お父さんは話しかけた。
「エミリー、勇気を持つんだ。私がいなくなることを、恐れてはいけない。」
「世界は愛でいっぱいだ。春はどこにでもやってくる・・・。」
泣きじゃくるエミリーを、お父さんは抱きしめることしかできなかった。

―お父さんが天国へ旅立った日、エミリーの胸は張り裂けてしまいそうでした。
「春なんか来ない・・・。もう二度と来ないわ！私を愛してくれる人は、もういないんだもの！」
エミリーは一人きりで、泣き叫んだ。

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その日の夕方、マレー家の人々がやってきた。
エミリーが客間にやってくると、マレー家の人々が集まっていた。
「名前は。」いかめしい老婦人が尋ねた。
「エ、エミリー・バード・スターです・・・。」
「顔色の悪い子だこと。」
「確か子のこの父親は、小さな新聞社で働いていた下らん記者だったな。」
「だからあたし、12年前に子のこの母親に言ったのよ。マレー家の娘ともあろうものが、あんな名も無い惨めな男に嫁いだら、早死にするわよって。」
あまりにもひどい言い草に、エミリーの心は怒りで煮えくり返った。
「ルースよ。あなたのお母さん、ジュリエットの姉にあたるわ。」
ルースおばさんは、エミリ� ��の前に手を差し出した。 しかしエミリーは、握手をしようとはしなかった。
「どうしても握手しなければいけませんか。」
「まあ、なんて生意気な子だろう！」
そのとき、気さくな男の人が、エミリーの前にやってきた。
「やあ、お嬢さん。そう硬くならないでいいんだよ。僕はジュリエットのいとこのジェイムスだ。ジミーって呼んでいいよ。」
「はじめましてジミーさん。」やさしいジミーの言葉に、エミリーは少しほっとした。
ジミーおじさんは、優しそうないとこのローラおばさん、そして奥でいかめしい顔をしているウォレスとオリバー、そして奥にいる老婦人を紹介した。
「エリザベス・マレー。私がマレー家の当主です。」
エリザベスの威厳に、エミリーは固くなった。
ジミーとローラ、エリザベスは、ニュームー� ��の屋敷に住んでいるという。
エミリーはエリザベスのことを、まるで氷の女王のようだと思った。

その日の夜、エミリーはお父さんの棺のそばに立っていた。
「世界は愛でいっぱいだ、なんて、どうして言ったの・・・。」「お父さん・・・。お父さん！お父さん！！」
亡き父にほほを寄せて、エミリーは泣いた。
「ありがとう・・・。大好きなお父さん・・・。」「さよならなんか言わない・・・。ずっと・・・ずっと一緒だもの・・・。」

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後半

次の日、お父さんの葬儀が行われた。
立ち尽くすエミリーは、ふと誰かの声を聞く。「あっ・・・お父さん・・・。」
しかし、歩みだそうとしたとき、冷たい親戚の顔を見て、エミリーはぐっと心をおさえた。
「マレー家の人たちに、弱みを見せるもんですが・・・。あの人たちの前では、絶対泣かない・・・！」

その日の夕方、エミリーの胸はこれからの不安でいっぱいだった。
「私、これからどうなっちゃうのかしら。あの中の誰が私を連れて行くの・・・。」
そのとき、マレー家の人たちがエミリーのいる部屋に向かって歩いてきた。エミリーはテーブルクロスの下にもぐって、話が始まるのを待った。

「さて、私が見たところ、ここにはあの子を引き取りたい者はいないようね。」
「あれはとん� �もない厄介者だもの。」あのルースおばさんの声だ。
「あの子はやせて顔色も悪いし、長生きしそうに無いから、そんなにお金はかからないかもしれないよ。」
「ああ、かわいそうな子。」ローラおばさんの声だ。「ねえ、エリザベス、ニュームーンにあの子を引き取ったらどうかしら。」
「ルースはどうなの。あなたは大きな屋敷に一人暮らしでしょ。」エリザベスが言った。
「とんでもない！あの子の父親は、あの子を残したまま一文無しで死んでしまうような、恥さらしな男なのよ。」
「そうじゃないわ！！そんなことあるもんですか！！」あまりのひどい言葉に、エミリーはテーブルクロスから飛び出してしまった。

「盗み聞きなんて、心の卑しいものがする最低の行為です！」「二階へ行きなさい！」そ� ��が悪いこととは知らなかったエミリーはエリザベスの言葉にショックを受け、この部屋を出ていこうとした。
そのとき、ルースおばさんが、 エミリーの引き取り手がどうしても決まらないなら、くじ引きで決めようと言い出した。

くじを持ってエミリーに迫るルース。エミリーは震える手でくじを引き、開いた。
しかしそのとき、エリザベスが口を開いた。
「あなたのことはマレー家の当主である私が責任を取るしかないでしょう。」「一度決めた以上、私は義務を果たします。あなたをきちんと管理し、マレーの名に恥じない娘になってもらいます。」
エミリーは猫のソーシーサールもつれていかせてくださいとお願いしたが、エリザベスは冷たく拒否した。

次の日、エミリーはお父さんとの思い出の地に、最後の別れをした。
「さようなら、気取りやプリンセス・・・。さようなら・・・。元気でね・・・。」
エミリーはソーシーサールに最後の別れをしようとしたが、どうしても見つからない。エミリーはソーシーサールにお別れを言えないまま、馬車に乗って旅立った。
ふるさとがどんどん遠ざかってゆく。「さようなら、アダムとイブ・・・。風のおばさん・・・。」

「そろそろニュームーンが見えるころだ。」
エミリーの目に映るニュームーン農場は、夕日に照らされ、きらきらと輝いていた。
その日の夜、エミリーはニュームーンに到着した。立派な家の中を歩いていくエミリー。そのとき、エミリーのバスケットから、ガリガリという音が・・・。
「ミャーオ」「ソーシーサール！いつの間に・・・。」「ああ、じっとしてて・・・。」
「やあ、君だれ？」突然、男の子が話しかけてきた。
「わぁ！あ、あなたこそ。」
「ああ、猫だ！何で猫なんか！エリザベスさん、猫嫌いなんだぞ！」
「貸しな！何とかしてやるから。」男の子はエミリーからバスケットを取ったが、その拍子にソーシーサールがバスケットから飛び出した！あわてる二人、そして・・・。
「ああ〜 っ！！」「ガッシャーン！」花瓶が棚から落ち、木っ端微塵に砕け散った。
「あ〜っ！やっべえ！」
「何事です！いったい何の騒ぎ。」そこにエリザベスの声が聞こえてきた。
―ニュームーンで過ごす最初の晩、エミリーの胸に、嵐の予感が駆け抜けていきました。